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いちゃりばちょーでぇー

2010年03月08日

兄弟都市提携のいきさつ
豊中市と沖縄市の交流の始まりは、昭和39年(1964年)にコザ市(のちの沖縄市)から、豊中の沖縄戦の戦没者の遺族にと、霊石と仏葬華(ハイビスカス)が届けられたことです。
そのきっかけとなったのは、当時の豊中市竹内義治助役(故人・昭和41年から市長)が、沖縄道路事情視察団の一員として沖縄を訪問した際に、コザ市(のちの沖縄市)の大山朝常市長(故人)と懇談する機会があったことでした。
翌年の昭和40年から、コザ市職員の豊中市の様々な部局での研修が始まりました。当時アメリカ軍の統治下にあった沖縄では日本の行政事情が分かりにくかっ たのです。コザ市職員の間では「豊中学校」と呼ばれたこの研修に訪れた職員は、昭和50年代にかけてのべ100人あまり、なかには数か月にわたって滞在し た職員もいました。
昭和47年(1972年)に沖縄が本土に復帰し、昭和49年(1974年)にコザ市と美里村が合併して「沖縄市」が誕生。同年11月3日、沖縄市誕生市民祭典の場で、「兄弟都市宣言」に調印しました。
姉妹都市ならぬ『兄弟都市』であるのは、沖縄の「いちゃりばちょーでぇ(出会えば皆、兄弟)」という言葉に由来していると言われています。

※豊中市ホームページより抜粋

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